2017年11月19日 (日)

アベンシスワゴン 2.0 Li がやって来た!

先日、我が家に新たな中古車がお目見えしました。

(残念ながら新車ではありません・・・・・)coldsweats01

 

若い頃から車が大好きな主人。

子供達も皆成人し、それぞれが愛車を持っている今、

〝ファミリーカーでは無い、夫婦でドライブを愉しめる車が欲しい〝

2~3年前からそう考えていました・・・・・・・・・が、

そろそろと思っていたら、

消防署から訓告を受け、201410月「全館防災工事」

・・・・・・・シカタナイヨ、ダイジナコトダモン(((+(ノω・、)゚))))

 

何とか工事を済ませ、今度こそ!と思っていたら、

20155月、水中ポンプが壊れ、緊急工事

・・・・・・・シカタナイヨ、ダイジナコトダモン・゚・(д)՞

 

今度こそ!と思っていたところ・・・・昨年~今年、

隣家購入~解体等、駐車場施工工事!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・シ、シカタナイヨ、ダイジナコトダモン・+(pдq)+゚。(泣)

 

 

現在、9年前に全損事故により、

中古で急きょ購入したトヨタオーパに乗っておりますが、

いよいよガタがきたようで、最近になって警告灯が点滅。

夫婦で話し合い、ようやく車を購入するコトに決めました・・・・・・が、

希望は多々あれど、財布の紐は固し。

 

主人は仕事の合間に、雑誌とネットで愛車探しに奔走!

・・・・・・・と書くと大変そうですが、じつは大そう楽しそうでした。

 

 

ある日、「あっ、コレいい!」を叫んだ車がコレ。

2014製 トヨタ アベンシスワゴン 2.0 Li 実走行約6万キロ、

値段は・・・・・・私達に手が届く価格。lovely

富山市のカーショップに置かれていました。

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この車はトヨタが独自のノウハウに加えて、

協力関係にある欧州の自動車メーカーのノウハウを採り入れて開発した車だそうで、

欧州車のよさをもった日本車を作るべく開発されたそうです。

 

私は車酔いする方なので、ふわふわ足回りの軟らかい車は苦手。

ゆえにスタイルが良くても、乗り心地が悪いと困ります。

 

しかし後部座敷に試乗させてもらったところ、

昔、主人が乗っていたホンダ プレリュードの

ググッと地を這うような乗り心地を思い出しました。

「おー、いいじゃない」(私も気に入りました)

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ウインカーレバーが逆なのもレアな感じがしてGood。

オーディオもジャズのベース音(低音)もしっかり出る、なかなか良い音です。

本革のシート、グリップもいい感じ。

 

加えてカーショップの方が

「このホイールはいいヤツだと思いますよ」と言われた通り、

ネットで調べてみたら・・・・TAN-EI-SYA の鍛造ホイールだと判りました。

結構なお値段でいささか驚きましたが・・・・ラッキーscissors

 

 

主人が初めてハンドルを握った感想は・・・・・・

「引き締まった足回りに背筋がシャキッとし、

コーナーを回る時の心地よい人馬一体感、

久しぶりに若かりし頃の、ハンドルを持つ楽しさを思い出した!

こんなトキメキは以前棚ボタでもらったジャガー以来だ!」

・・・・・・と、嬉しそうです。

 

 

調べると、登録台数は年間1000台とかのレベル。

ゆえに殆ど見かけません。

しかし、元F1ドライバーの片山右京(かたやま うきょう)も

「安全なクルマ」だと購入したそうです。

 

 

カーショップの時期若社長様は

かつてプロレーサーを目指しておられたそうで、

主人と大そう話が合い、これから良い付き合いが出来そうです。

 

 

仕事が忙しく、なかなか遠出は出来ませんが、

近いうちに近隣のドライブに出掛けたいです。

あっ、勿論安全運転でsign01

 

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2017年11月14日 (火)

ごめんね・・・・欅(ケヤキ)

秋ですね・・・・・街路樹も色づき、

風が吹くたび、落ち葉がハラハラと舞い落ちてきます。

 

我が家の庭は、松やヒイラギ・モチ・樫などの常緑樹が多く、

葉っぱは落ちても腐らずに・・・・・いつまでも残っています。

ゆえに風が吹く度、お掃除、お掃除、

またまたお掃除・・・・・・が続きます。

 

ある日、主人がお隣さんと井戸端話をした時のコト、

主人「あれっ!あのケヤキはどこの家のやろ?」

Sさん「アンタんちやろ」

主人「エエーッ?\(o)/!」

 

・・・・・・と言うコトで、一体どこからケヤキが生えているのか調べてみると、

な、な、なんと!納屋と隣の塀の間、

猫の通路のような狭い隙間、

わずか60㎝程の間からニョキッリと生えておりました。

 

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周囲を塀と納屋に囲まれており、上の枝先しか見えません。

こんな場所にケヤキが生えていたなんて、全く知りませんでした!

よくよく見ると・・・・・

成長した木が隣のブロック塀を押し、5センチ程ずれている始末。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・ケヤキは成長も早く、

場所が場所ゆえ、いささか可哀そうですが伐採するコトにしました。

 

 

こうなると実家の父(ユウジージ)の出番です。

主人と私はサポートに回ります。

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ユウジージは二連ハシゴをかけ、チェーンソーで上の枝から徐々に切り落とし、

主人がその枝を細かく切断し、

私は処分場へ持ち込むべく、車に積み込みます。

あっと言う間に荷台が一杯になりました。

(2回往復しました)

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度々言いますが、父は満85歳。

3年前には肺がんの手術をするも、見事に復活。

我が親ながら、未だにメチャクチャ頼りになる

スーパージイチャンです!

 

木は納屋の脇から生えており、作業スペースがとれない事から

根っこを取り除くコトは諦めましたが、

専門業者に依頼すれば、かなりの出費となったでしょう。

毎度ながらスーパージージに感謝、感謝です。

 

 

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追記:「急がば回れ」「後悔先に立たず」

 

幸い?大事には至らなかったので、

記憶に残すべく書いておきます。

 

じつは・・・・・・・

主人が作業中に電気ノコギリで誤って左手に怪我をしました。

救急に駆け込み診て頂くも、幸い 骨・筋に損傷は無く・・・・・

5針縫い、注射をして頂き、

痛み止めと抗生物質を処方され帰宅しました。

医師から

「あと1ミリ、深く切っていたら筋を切断し、

指が動かなくなったかも・・・・・不幸中の幸いでしたね」

(T_T)

 

・・・・・・・・・・良かった。

 

 

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適切な早目の処置が幸いしたようで、

主人は日々良くなっております。

(現在、衛生面に配慮したがら、

手袋をはめてゆっくり仕事をしております)m(__)m

 

 

 

この事故が起こった経緯は書くと長くなるので

省略致しますが・・・・・

簡潔に言うと 「主人の不注意と配慮の無さ!」に尽きるのです。

 

 

 

今月は既に大きな宴席のご予約を数件頂いており、

もし・・・・・と想像すると怖くなります。

 

お客様にはご心配をお掛け致しますが、

事前にしっかりと準備し、滞りなくお料理を提供出来ますよう、

精一杯努力致します。

安心してご来店下さいませ。

 

 

 

 

 

きっと、ケヤキが怒ったのでしょう!

人知れず十数メートルの高さまで立派に成長し、

四季折々の表情を見せてくれていたのでしょうに・・・・・・・

存在を知ってもらえた数日後に、突然バッサリ!

・・・・・・・・・痛かったでしょうね。

 

 

私は特に信仰心があつい方ではありませんが、

切株にお神酒とお浄めの塩を供え、手を合わせてきました。

ゴメンナサイ。

 

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2017年10月31日 (火)

九州への旅④ -おまけ-

今回の旅の目的は4つ

 ちさとさんにお会いする

 ちさとさんの亡き夫、和夫さんの霊前に手を合わせる

 可能ならKさんにお会いする  

 当店のお皿の故郷、有田町を散策する

 

・・・・・・残念ながら

生前にちさとさんにお会いする事は叶いませんでしたが、

娘さん達と沢山お話をする事が出来、

思い残すことの無い旅でした。

 

 

飛行機で約40分あまり・・・・・・早い!近い!

と言いつつも、なかなか行けない所です。

折角なので駆け足で少しばかり観光して来ました。

 

以下、訪れた場所と美味しかった味覚を

記録に残すべくアップ致します。

 

【初日】Img_3754

お昼、金立サービスエリアのレストランで

「ちゃんぽん麺」をズズズーッ!

丸田家を訪れた後、夜は娘さん達と一緒に

お薦めの「伊万里牛焼肉」を堪能。

武雄市のホテル到着後、近くの「武雄温泉」へ徒歩で移動。

のんびり湯に浸ってきました。

 

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【二日目】

早朝、宿からすぐの「御船山楽園」を散策。

背後の大きな岩を借景に取り込んだ豪壮な庭園。

その後、当店のお皿のルーツ、行きたかった有田町へ。

至極大変な状況とは聞いてはいたけれど、

やはりかなりさびれた感じ。

手間がかかっている上、

色彩も美しく丈夫なお皿なのですが・・・・・。(-_-;)

色々な事を考えながら、地域の方とお話したり・・・・・・・

ゆっくりと散策。

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お昼は川魚料理で有名な有田町にある「龍水亭荘」へ。

主人は「鯉のあらい定食」、私は「うなぎ定食」。

庭を眺めながらの食事は落ち着けて良かったです。

 

食事後、唐津市へ移動、

唐津くんちの曳山14台を一堂に公開してある

「曳山展示場」見学後~炭鉱主として知られる「旧高取邸」を見学。

唐津城本丸の西南の海岸沿い、

2300坪の広大な敷地に建つ邸宅ですが、

あまり手入れがされておらず、折角の庭園が荒れていました。

夕方、折角なので「ハウステンボス」へ!

まるで光の王国のよう・・・・・・広い、広い!

ゴンゴラに乗り、船頭さんの解説つきで周遊して来ました。

夕飯は「皿うどん」!

 

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【三日目】

「柳川藩主立花邸御花」見学。

残念ながら、只今改修中とのコトで、

主人が見たかった広間は見られず・・・・・・

舟下りを愉しんだ後、Kさんのお宅で

極上の鰻を御馳走になる。

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宿に戻ってから、
最後の夜はジャズを聴きに行こう!というコトになり、
タブレットで検索し「ジャズ喫茶シネマテーク」へ。
・・・・・・と、入口のドアに大ファンの
川嶋哲郎さんのフライヤーが~~!!
なんと、あと2日後!残念~!
それでも熊本で活躍中のテナーサックス奏者、
中田博さん率いる
Nouveau Bop Band の心地いい演奏を聴くことが出来ました。

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【四日目】

午後には帰路に着かねばならず、

駆け足で「大宰府天満宮」(鳥居の前で記念写真のみ)

そして後、飯塚市にある筑豊の炭鉱王「旧伊藤伝右衛門邸」へ。

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ここはNHK朝の連続TV小説「花子のアン」の中で

村岡花子の腹心の友として描かれている、

葉山蓮子(柳原白蓮)が再婚し嫁いだ邸宅。

伝右衛門は大正天皇の従妹にあたる白蓮を迎えるにあたり、

京都から宮大工を呼び、約2300坪という敷地に、

部屋数25という贅の限りを尽くして豪邸を建てました。

いや・・・・その素晴らしい事と言ったら!

(度肝を抜かれました)

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主人が手前大工で店の改装を始めてからと言うもの、

明治や大正時代に建てられた邸宅や洋館を巡るのが

私達の趣味なのですが・・・・・

今まで数々観て来た中でも

「伊藤伝右衛門邸」は邸宅・庭園の広さ共に圧巻!

特に白蓮の居室には竹の節だけを残した欄間(らんま)

銀箔を張った襖など・・・・・驚くような技法を使い、

意匠を凝らした細工は、ただただ目を奪われました。

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伝右衛門と白蓮は25歳という
年齢差があり、

互いを理解出来ないまま、

白蓮は※有名な事件を起こす
訳ですが、

彼女がいつも座っていたという
場所に静かに座してみると・・・・・

いかに伝右門が白蓮に精一杯気を

遣っていたのかが、

理解できるような気がしました。


http://reki4.com/00320.html

 

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後ろ髪を引かれながら伝右衛門邸を後にし、大急ぎで福岡空港へ。

慣れないフライトの手続き後、お土産を購入し、

九州を後にしました。

 

 

さあ、これで九州の旅のブログはおしまいです。

一生忘れられない旅でした。

佳子ちゃん、優子ちゃん、金子さん、Kさん、

沢山の思い出をありがとうございました。

 

そして・・・・・快く送りだしてくれた子供達、

55歳の私にお小遣いをくれたお父さん、お母さん。

色々相談に乗って下さった日本海ツーリストのSさん、

心から感謝しています。

機会があったら是非また行きたいなぁ。(笑)

(さあ、また行けるように頑張って働かなくっちゃ!)

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2017年10月22日 (日)

九州への旅③ -柳川の再会-

今回の九州への旅の目的は、じつはもう一つありました。

 

主人、浅地政博と柳川に住んでおられるKさんとの

45年ぶりの再会です。

(幾度も聞かされた話です)

 

主人がしばらく働いていた東京から帰郷し、

家業を手伝っていた22、23歳頃の12月のある日・・・・・・

金沢へ仕入れに行った帰り道、

津幡辺りで、雪の降る中を薄い格好で寒そうにペチャペチャ歩く

一人の若者(Kさん)の姿が目に留まったそうです。

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一旦は通り過ぎたものの・・・・・気になって車を停車し

「何処へ行くの?」と声を掛けると、

若者は

「北海道へ行くんです」と答えたそうです。

 

しかし、到底旅をしている様には見えず・・・・・・

ただならず気配を感じた浅地青年は

車に乗るよう声をかけ自宅へ連れて行き、

何も聞かずにKさんを自分の部屋に泊めてあげたそうです。

 

少し元気を取り戻し、

「行きます」と告げるKさんを再び旅へと送りだした数日後、

「風邪を引いてしまって・・・・・」と金沢から電話が入り、

浅地青年が急いで石動駅へ迎えに行くと、

高熱にうなされ、今にも倒れそうなKさんがいたそうです。

 

すぐに連れ帰り看病するも、

なかなか熱が下がらず3日間寝たきり・・・・・・

ようやく回復したKさんに、しばらく魚政亭の仕事を手伝ってもらい、

アルバイト代を手渡し、自宅のある九州へと送り出したコトがあったそうです。

 

 

以来、何十年もの間、毎年暮れになると、

ほっぺが落ちそうなくらい美味しいみかんが送られてきます。

 

 

今回主人が何気に

「折角だから・・・・・もし行けたら、

柳川藩主 立花邸御花へ行きたいなぁ」と言い出し、

間髪入れずに私は

「柳川!? ならKさんに会って来ようよ!」

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いや、若い頃の思い出はそのままでいいよ」

そう話す主人ですが、

今まで耳にタコが出来る程、Kさんの話を聞かされてきた私は

お会いした事も無いKさんに

〝一体何があったのか?〝

〝どんな方なのか?〝・・・・・・・興味が湧くばかり。

 

 

御住所を調べると、御花から車で3分の場所に自宅があると判り、

意を決して私が電話をかける事に・・・・・・ドキドキ

 

明るい声で電話に出て下さった奥様、

Kさんは大そう驚かれたようですが、すぐさま

「是非、我が家へいらして下さい。

柳川はうなぎが名物です。一緒に食べましょう!」

 

いきなりお昼を御馳走になるのは申し訳ないと、遠慮するも

是非にと勧められ・・・・・・覚悟?決め、

図々しく押しかける次第となりました。

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笑顔で迎えて下さったKさんと奥様、

浅地青年は浅地オジサンに・・・・・約45年ぶりの再会です。

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美味しいうなぎを御馳走になりながら、話は現在~過去へと溯り、

私の何故?一体何が?は、ため息と共に理解する事が出来ました。

 

とてもとても深い事情があり、

ここで明かす事は差し控えさせて頂きますが、

45年前、何気にとった主人の行動は
そっと心を撫ぜてあげたような出来事だったのだと分かりました。  

別れ際

「今度は是非富山へいらして下さい」と握手を交わし、

近いうちの再会を約束しました。

 

半ば強引に私が仕組んだ感じですが、

「元気で良かった、幸せで良かった・・・・・」と、

噛みしめながら話す主人の様子に私もホッとしました。 

若い頃も今も・・・・お人好しな性格は変わっていないのですね。

 

 

kさん、奥様、お世話になりました。

富山でお待ちしております。

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九州への旅④ -おまけ- 続く

 

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2017年10月21日 (土)

九州への旅② -心の中に-

今年の1月、九州佐賀に住んでおられる

姉と慕っている丸田ちさとさんと、電話で年始の挨拶を交わしました。

他愛もない話の最後・・・・・いつものように、

「会いたかね~、お互い元気でいて必ず会いましょうね~」

・・・・・そう言って受話器を置きました。

 

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5月、突如ちさとさんの娘さんからラインでメッセージが届き、

彼女が末期癌であると知りました。

ご主人の急逝を知った時と同様・・・・・いえ、それ以上に言葉を失いました。

 

何はさておき、会いに行きたい衝動に駆られました。

「会わないと私は一生後悔する!」・・・・・・そう思いました。

しかしながら、津沢夜高あんどん祭も間近に迫り。

すぐに行く事は叶いませんでした。

 

娘さんは頻繁にちさとさんの様子を知らせてくれました。

以前はふっくらしていた身体は、痩せて・・・・・・・

痛々しい程に細くなっておられました。

毎日、毎日、彼女の事を思わない日はありませんでした。

 

 

会いたい・・・・・でも、今、死を前にしている彼女に、

10数年も会っていない私がピンピンした姿で会いに行って、

彼女はどう思うだろうか?

私が逆の立場だったら嬉しいだろうか?

グルグルと疑問符が頭を巡りました。

 

 

・・・・・・・そして気づきました。

会いたいか会いたくないかを決めるのは私では無い。

今、私に出来るコトは

沢山優しくして頂いてありがとう、相談にのって下さってありがとう。

私は貴方の事が大好きです。

心から大切に思っています

そう伝える事なのだ!と・・・・・・・・。

「会わないと後悔する」なんて言うのは全くの自己中心的な考えで、

彼女が最後の時まで安らかな時間を過ごせるのであれば、

私は後悔してもいいのだ。

 

それから何度もミスをしながら精一杯の想いを込めて、

携帯で自撮りしたメッセージ動画を送りました。

最後に

「会いたいと思って下さるのなら、必ず会いにゆきます」と・・・・・・・。

ちさとさんは涙を流しながら、

何度もうなずきながら・・・・・じっと見て聴いてくれたそうです。

 

7月に入り、娘さんから

「医師から母の余命はもって1~2か月と言われました。

今、緩和ケア病院への転院の手続きをしています。

私は介護休暇を取ろうと思います」

 

 

このメッセージで私の心は決まりました。

718日、小松空港発→福岡空港行き、

彼女に会うためにチケットを取りました。

 

 

 

しかし、九州へ行きを伝えて間もない7月14日、

ちさとさんは静かに68歳の生涯を閉じて逝かれました。

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間に合いませんでした。

私が送った動画を何度も娘さんに見せてもらいながら、

到着を待っていてくれたそうです。

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我が家の茶の間には、平成2年に

丸田さんのご家族と一緒に玄関先で撮った写真が飾ってあります。

写真はいやおうなく毎日目に入ってきます。

いつからか・・・・・・

「もしいつか ちさとさんに万一の事があれば

もう九州とは縁が切れてしまうね・・・・・寂しいね」

時折、主人とそう話していました。

 

 

・・・・・・・けれど娘さんと何度もやり取りをするうちに、

心に大きな変化が起こりました。

「決して縁が切れる訳では無い。

ちさとさんは娘さんの中に・・・・・・・

そして私達の心の中に生きている。

私達はこれからも変わらず、

今まで通り娘さんと交流を深めていけばいいのだ」

 

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「死」は言葉では説明出来ない多くの事を学ばせてくれます。

今回私の心は、洗濯機でグルグル回されるが如く葛藤を繰り返しながら、

(二転三転しながら)

彼女が旅立って三か月が過ぎた今、

ようやく落ち着いて振り返る事が出来るようになりました。

 

二人の娘さんとは時間の経過を全く感じずに

泣き笑いしながら、沢山お話をする事が出来ました。

 

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「ゆかりさんの心は、ちゃんと母に届いとったとよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだ悲しみ深い中でも、私を気遣ってくれる

ご両親の優しさをそのまま受け継いだ二人です。

 

 

日々、容体が悪化してゆく中、お母さんの手を握り、

好きだった「早春賦」を耳元で歌ってあげたそうです。

 

「とにかくつらいけれど

幸せな時間を過ごしているなぁと感じています」

・・・・・・ある日、ラインで届いたメッセージ。

胸が締め付けられる程に切なく・・・・・、

同時に愛娘二人に看取ってもらえる彼女を、羨ましくも思いました。

 

 

今日生かされているコトに感謝しつつ、

彼女の命を受け継いでいる娘さんと

未来へ向かって新しい絆を繋いでゆこう・・・・・そう心に誓いました。

 

「ゆかりさんの事は妹ごたる思ってとるけんね」

・・・・・・・優しく懐かしい声が思い出されます。

 

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寂しいけれど、

「天命は人力の及ばざる所、いかんともする能わず」

※司馬遼太郎「坂の上の雲」より引用。

 

ちさとさんとは、いずれまた何処かでお会い出来るでしょう。

終らない日まで・・・・・前を向いて一生懸命に生きてみます。

 

 

長い文章になりましたが、

かつて九州、佐賀県に「丸伸堂」という有田焼のお店があり、

丸田和夫さん、ちさとさんという仲の良いご夫婦が

懸命に生きたという事を知って頂けましたら幸いです。

 

 

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九州への旅③へ 

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2017年10月19日 (木)

九州への旅① -有田 丸伸堂-

7月18日~21日まで三泊四日で九州へ行って来ました。

色々あって・・・・・考えに考えた末の九州行きでした。

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ようやくですが・・・・・・・泣き笑いだった今回の旅を忘れないよう、

数回に分けて書いてみようと思います。

(毎度ながら女将らしくないブログです)

 

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当店で使用している器は殆どが有田焼です。

私が嫁いできた時・・・・・・・

既に有田商人の丸田さんが当家に出入りしておられ、

我が家は富山での常宿になっておりました。

 

あたたかい九州弁を話す丸田さんは、

男前の上、折り目正しく朗らか・・・・

私が訪れたことの無い日本各地の様々な事を話して下さり、

年に数回お見えになるのがとても楽しみでした。

 

やがて丸田さんは有田焼の大手「賞美堂」を退社し

「丸伸堂」と看板を挙げ、独立。

小矢部市内に事務所兼展示場を借り、

井波 「創遊館」 等で何度も展示会を開催され、

精力的に仕事をこなしておられました。

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特によく覚えているのは、

平成2年に当店で展示会をされた折のコト・・・・・、

ご家族で当家に宿泊され、奥さんのちさとさんや二人の娘さんと

とても仲良くなりました。

まだ長男は1歳にもなっておらず、

娘さんたちは「可愛い、ちっちゃいね~」と、

はしゃぎながら可愛がってくれました。

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しかしながら・・・・遠く九州から荷物(沢山の皿や骨董品)を満載して、

車で各地を周るのは体力・気力に加えて費用もかかり、

とても大変だったようです。

独立から数年後、無理がたたり心臓を悪くされ、

手術を受けられたものの・・・・・・

平成11年、53歳という若さで逝去されました。

・・・・・・ショックでした。

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九州へ飛んでいきたい想いは抑えきれない程ありましたが、

子供達は10歳、7歳、4歳・・・・断念せざるを得ませんでした。

 

それからしばらくしてから、

奥さんの ちさとさんは残った器や骨董を特売で処分され、

事務所閉じて行かれました。

お会いしたのはその時が最後です。

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以後、時折電話で近況報告をしたり、

手紙をやり取りしたり・・・・・・・交流が始まりました。

些細な悩み事を笑って受けとめて下さる

私より15歳上のちさとさんは、

いつしかどんな事でも包み隠さず話せる、

姉のような存在になってゆきました。

 

大黒柱だったご主人の急逝・・・・・

言葉に出来ない程、大変だったことでしょう。

それでも、勉強して資格を取られ、介護関係の施設で働きながら

二人の娘さんを立派に育て上げられました。

 

数年前には娘さん達は揃ってご結婚、お孫さんも誕生され、

平穏な幸せを噛みしめておられるようでした。

 



②へ続く

 

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2017年10月16日 (月)

津沢小学校36年度卒業生同窓会

昨日、2年ぶりに

「津沢小学校36年度卒業生同窓会」が

当店で開催されました。

 

数日前の暑さが嘘のように

朝から肌寒いお天気となりましたが、

集合時間が近づくにつれ、

控室となっている別館から、

楽しそうな笑い声が聞こえてきます。

 

本当は同窓会だけで目いっぱいなのですが・・・・

高岡より、いつも当店を御ひいき下さっているMさんが

〝是非、友人を魚政亭へお連れしたい〝と予約を入れて下さり、

同窓会30名様+13名様という、

夫婦のキャパを超えた多人数の仕事に、厨房は戦争状態!

 

主人も36年度卒業生の一員ですが、

到底宴席への参加は叶いませんでした・・・・・・が、

半数近い同級生が当店に集まってくれた事を

大そう喜んでおりました。

 

午後1時、宴会スタート。

3時半、近くのカラオケ喫茶にて二次会へ

6時半、またまた当店に数人が集まり、3次会?がスタート!

 

主人は昔懐かしいレコードをかけて盛り上げておりました。

朗らかな皆さまに、

つい私も一緒にお話のテーブルに混ぜて頂きました。(笑)

 

津沢小学校36年度卒業生同窓会の皆さま、

どうもありがとうございました。益々お元気で!\(^o^)

 

 

そして・・・・館内を駆けずり回ってくれたスタッフのAさん、Mさん、

お二人のおかげで滞りなく食事を提供する事が出来ました。

thank you!

 

※集合写真を皆さまのご了解の上、アップ致します。
同窓生の方は画像をお好きにお使い下さい。

 

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2017年10月10日 (火)

立山の秋 2017

ようやく・・・・・娘の休みと私の休みと、

お天気が合致し、秋の立山へ行って来ました。

(先日、娘と燕岳登山を試みましたが、雨にたたられ断念。

安曇野~松本~車山高原ドライブして帰って来ました)

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出発時、空はどんよりしているけれど、

室堂ライブカメラで雄山が晴れているのはリサーチ済み。

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富山県はいいところです。

なにせ我が家を出発して約3時間で、

室堂(標高2450m)へ着いてしまうのです。

「いい天気だなぁ~、ちょっと立山へ行こうかな?」

そんな調子で気軽に出かけるコトが出来るのです。

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美女平~室堂までの高原バスの中から見る美しい紅葉・・・・・・
ブナ、ナナカマド、 カエデetc.・・・・・・天狗平は今が最高潮!

 

ひんやりと冷たい朝霧に包まれた色鮮やかな木々の葉は、

迫りくる冬を前に、

精一杯最後の命を燃やしているようで・・・・・・愛おしい。

 

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娘と話し合い、今回は雄山への登山では無く、

山々に包み込まれる雷鳥沢キャンプ場~大日岳方面への

気ままな山歩きを楽しむコトにする。

室堂の気温はなんと1℃!

 

頬にあたる風は冷たいけれど、

久しぶりの山歩きに心が躍ります♪

(仕事の事や些細な悩み事は今日は封印!)

ランラン、ラララ~ン

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最近、ずっと仕事が忙しく ウォーキングをさぼりがちでしたが、

「家の中で日々階段を上り下りしているから、案外いけるかも?」

・・・・・・そう思っていましたが、これが甘かった!

大日岳方面への斜面を登り始めてすぐに

ゼーゼーハーハー、

身体の重いコトと言ったら!(~_~;)

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日々の訓練を怠ると、わずかな期間で

こんなに体力(筋力)が落ちてしまうのだと、深く反省。

 

それでも雄大な山懐に抱かれて、

すっかり身も心もリフレッシュ出来ました。

 

山岳ガイドの山田哲哉さんからの情報では

既に、先日穂高に初雪が降ったとか・・・・・

今年の山々は例年より早く冬が訪れるのかもしれません。


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2017年9月30日 (土)

長男、旅立ちから一年

長男が数年間勤めた会社を辞め、

全く未知数の料理人の世界に飛び込んでから

9月で1年が経ちました。

 

左利きゆえ、最初は右手に包丁を持つことすら

大変だったようです。

慣れない手に包丁を持ち、朝から夕方まで延々と魚と格闘!

その後、盛り付け~焼き場~揚場等など、

次から次へと新しい持ち場を経験し、日々修行に励んでいます。

 

時々は帰宅するものの、ゴロリと横になるとすぐにウトウト・・・・・

かなり疲れているようです。(-_-;)

大方予想はしていましたが、聞くとその仕事内容と就労時間は

想像をはるかに超えたハードそのもの!

詳しくは書けませんが、

本当によく耐えて頑張っているなぁ、と感心します。

(入社して間もなく辞めていく社員も多いそうです)

 

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幼い頃はよく泣く子供でした。

朝、目を覚まして泣き、眠いと言っては泣き・・・・・

私の胸に顔をうずめながら、

実家の母の背中に負ぶわれながら、

いつも涙で顔をグチャグチャにしていた様子が

今も思い出されます。

 

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昨今の世の中の移り変わりの早さは料理屋も同様で、

店を守りながら三人の子供を育てるのは

それなりに試行錯誤の連続でした。

 

理数系に強く、物作りが好きだった主人。

若き日に企業戦士を目指した日々もありましたが、

病気になった母と障害のあった弟を支える為、

家業を継ぐ決心をしました。

 

一方、デザイン事務所で働いていた私も

まさか自分が料理屋の女将になるとは想像もしていませんでした。

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・・・・・・・・・・向いていない夫婦が生きて行く為に

知恵と工夫で、これまで何とかやってきました。

ゆえに・・・・

〝息子には絶対に家業を継がせたくない〝

そう思っていました。

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しかし・・・・・・

主人が手前大工で館内外を改装した成果が徐々に実を結び、

「大正浪漫の料理屋」として、

TVや雑誌に取り上げられるようになった今、

息子は〝自分の代で店を終わらせてはならない〝

・・・・・・そう考えるようになったようです。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〝こんな棘(イバラ)の道を歩ませていいのか?〝

考えると止めども無く不安が溢れてきます。

 

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それでも・・・・・・私達(親)のコト、店の未来、自身の将来、etc

熟慮の末、勇気をもって大きな決断をしてくれた息子に

心から感謝すると共にエールを送りたい。


この先は、主人と共に健康に留意し、一日でも長く息子を支え、

応援してゆきたいと思っています。

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2017年9月18日 (月)

鯉が恋して「愛」誕生♥

我が家には、上と下に分かれている2つの池があり、

鯉は上の池だけで飼っています。

(常にサギが狙っているので、しっかり網が張ってあります)

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以前は両方に鯉を泳がせていましたが、

下の池には冬場、雪を入れ込んで融かしているので、

普段は水が溜めてあるだけ・・・・・・

よって夏場は暑さですぐに水がぬるみ

藻やオタマジャクシが大量発生するので、

定期的に水を抜いて掃除をします。

 

 

少し前のコト、

「しばらく池の掃除をしていないなぁ」

・・・・・・と思いつつ、下の池を見ると・・・・・・

季節はずれのオタマジャクシがウジャウジャいてビックリ!

足も生えてきています。

(おそらく全部カエルになると数百匹でしょう!)

「うわぁ~」\(o)/!

 

すぐさま排水の筒を外し、大量のオタマジャクシを

川へと続く排水路へザザーッと流していた時のコト・・・・・・。

なにやらスイスイ泳ぐオタマジャクシとは違う生き物を発見!

よくよく見ると、な、な、なんと、

小さな鯉が元気よく泳いでいました!

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どうやら今年の夏場に〝鯉が恋〝をしたようで・・・・・

二人の・・・・もとい!二匹?の「愛の結晶」が誕生したようです

慌てて排水を中止し、網でそっとすくい上げました。

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模様から察するに

時々、石の隙間から下の池へと脱走していた

金色の鯉の稚魚と思われます。

こんな珍事は鯉を飼い始めてから初めて!

まだ4~5センチ位ですが、

大切に成長を見守りたいと思います。

大きくなぁれ~

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