まったり旅行③旧友再会
中学3年だった主人が
「国立沼津工業高等専門学校」へ受験を決めたのは、
家から離れたかったからだそうです。
(父親と折り合いが悪かった、商売(魚政亭)が嫌いだった)
当初、幼い頃からの夢・・・・パイロットを目指して
山梨か東京の航空高専への受験を考えたそうですが、
幼少の頃、祖父の結核に感染した後遺症で片方の視力が極端に悪く、
〝こんな目でパイロットは無理だ・・・・・〝と、諦めたそうです。
「それならば!」と日本地図を広げ、
「どこか風光明媚なところへ行きたいなぁ・・・・・・おっ、ここは良さそうだ」
選んだのは富士山を仰ぎ見ることの出来る沼津の地。
色々あって・・・・残念ながら志半ば(4年生の途中)で
中退という選択をしてしまったゆえに
当然、卒業生名簿に記載されず(配布もされず)、
友人とも疎遠なまんま・・・・・半世紀近くが過ぎました。
語れば長くなるので省略しますが、
ある事がキッカケで、4年前より旧友の皆さんとの連絡が可能になり、
メールや年賀状のやり取り等が再開しました。
幾人かの同級生の皆様は私のブログを時々見て下さっているようで・・・・・・・(^^ゞ
今回、バスケットボール部で共に汗を流したYさんが
「案内しますよ」と、連絡を下さったのです!
ゆっくり眠れた(特に主人は)「環翠楼」。
朝、豪華な朝食を頂いてから御礼を告げ、宿を後にしました。
余談ですが・・・帰宅後、偶然見たTV番組で
「環翠楼」という名前は伊藤博文公が付けたのだと知りました。
しばし歩いて「強羅駅」から箱根ロープウェイに乗車。
Yさんとの集合・・・・・いや、対面場所「早雲山駅」へ。
晴れていたら、素晴らしい展望が開けるらしいのですが、
本日は残念ながら曇空。
乗車後、あっと言う間に「早雲山駅」到着。
やがて・・・・
「あっ!いたいた、山口だ!」(スミマセン、お名前公開します)m(__)m
小走りで改札を通り抜け、互いにガッチリとハグ!
しばらくはそのまんま、肩を組みながら歩いていましたよ。(笑)
私は傍らで見ていただけですが、とても感動しました。
挨拶をしたのですが・・・・・何と言ったのか?思い出せません。(^_^;)
山口さんから
「是非、遊覧船に乗って下さい。私は車で箱根町港へ行って待っています」
そう勧められ、思いがけず数十年ぶりに遊覧船へ・・・・・・・
思いっきり子供ウケしそうな海賊船ですが、まだ夏休み前とあって
大人(外国人)が多い感じです。
芦ノ湖をゆっくりと進む船からは
箱根の山並みをグルリと見渡すコトが出来ました。
山口さんはサプライズで
主人を母校へ案内しようと計画して下さっていたのですが、
昨日訪ねてきた旨を伝え、お天気もイマイチとあって
ドライブしながらお喋りをするような感じになりました。
半世紀ぶりに再会を果たした二人の会話は、
現在の自分たちの話題から始まり、やがてドンドン過去へと遡り
寮での生活や授業のコト、青春をささげたバスケット部の事etc.・・・・・・
・・・・・・・・長年の空白を埋めるかのように止めどなく続きました。
山口さんは
〝何故?浅地が学校を去ったのか?〝不思議だったようで、
主人は当時の学校の対応(休学願いを認めなかった)コト等を話し、
互いの疑問点も埋まっていきました。
〝大出世した山口さん〝(主人談)も
仕事やOB会のお世話等で大変ご苦労をされたという事も知りました。
長い人生・・・・・互いに色々あったのですね。
絡んだ糸がゆっくりととき解れていくような・・・・・心地いい空気を近くで感じながら、
まるで私まで高専生になったような気持ちになりました。
「東海に聳(そび)えて名あり~、ゆるぎなき富士の高嶺よ・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
主人が時々校歌を歌うので、私もワンフレーズ覚えてしまったのですよ。(笑)
(自身の母校の校歌は忘れたのに!)(^^ゞ
主人は四期生ですが、一期生の入試倍率は約19倍、二期生は13倍!
先輩、同級生共に勉強が出来るばかりではなく、
頼りがいがあり、愉快で個性的・・・・そして爽やかだったそうです。
昔の青春映画に出てくるような蛮カラ風の先輩や
(高下駄を履いて闊歩(かっぽ)するイメージ)
小説を書いたり、絵を描いたり、学校祭では女装してみたり、
好きなレコードを持ち込んで鑑賞会を開いてみたり・・・・・・
今の学校で問題になっているような、
いじめや校内暴力等は微塵も無かったそうです。
山口さんと会話をする中で、当時を彷彿させる話を主人が思い出してくれました。
上級生の卒業式の後、
「明峰寮」の伝言板にサラサラッと短歌が書かれていたそうです。
桜の花 散り散りにしも 別れゆく 遠き一人と 君もなりなん
先輩の誰かが思いつくままに心情を綴ったのでしょう。
まだ17歳だった〝若かりし浅地青年〝の心に、
様々な想いと共に深く刻まれました。
私も春風に舞う桜の中、学生帽を被り、
颯爽と母校を後にする先輩の様が浮んできましたよ。
あっと言う間に時が過ぎました。
時間が経つにつれ、最初の「山口さん」の呼びかけが
途中から「ヤマグチ!」になっていきましたね。(笑)
同じ時、同じ場所で寝起きを共にし・・・・・学び、
バスケット部で汗を流した旧友同士には
50年という歳月も〝再びの友情〝に何ら問題は無かったようです。
別れ際、
「今度は近いうちに是非富山へ来て下さい。待ってますよ!」
ガッチリ手を握り合いました。
今回の旅は一生忘れられない素晴らしい数日間でした。
山口さんの優しい気遣い、心に沁みました。
ご馳走して下さった「うな重」は今までの人生で一番美味しかった!
お忙しい中、本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
4年前の再会のブログはこちら
http://uomasatei.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-8719.html
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