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2017年10月21日 (土)

九州への旅② -心の中に-

今年の1月、九州佐賀に住んでおられる

姉と慕っている丸田ちさとさんと、電話で年始の挨拶を交わしました。

他愛もない話の最後・・・・・いつものように、

「会いたかね~、お互い元気でいて必ず会いましょうね~」

・・・・・そう言って受話器を置きました。

 

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5月、突如ちさとさんの娘さんからラインでメッセージが届き、

彼女が末期癌であると知りました。

ご主人の急逝を知った時と同様・・・・・いえ、それ以上に言葉を失いました。

 

何はさておき、会いに行きたい衝動に駆られました。

「会わないと私は一生後悔する!」・・・・・・そう思いました。

しかしながら、津沢夜高あんどん祭も間近に迫り。

すぐに行く事は叶いませんでした。

 

娘さんは頻繁にちさとさんの様子を知らせてくれました。

以前はふっくらしていた身体は、痩せて・・・・・・・

痛々しい程に細くなっておられました。

毎日、毎日、彼女の事を思わない日はありませんでした。

 

 

会いたい・・・・・でも、今、死を前にしている彼女に、

10数年も会っていない私がピンピンした姿で会いに行って、

彼女はどう思うだろうか?

私が逆の立場だったら嬉しいだろうか?

グルグルと疑問符が頭を巡りました。

 

 

・・・・・・・そして気づきました。

会いたいか会いたくないかを決めるのは私では無い。

今、私に出来るコトは

沢山優しくして頂いてありがとう、相談にのって下さってありがとう。

私は貴方の事が大好きです。

心から大切に思っています

そう伝える事なのだ!と・・・・・・・・。

「会わないと後悔する」なんて言うのは全くの自己中心的な考えで、

彼女が最後の時まで安らかな時間を過ごせるのであれば、

私は後悔してもいいのだ。

 

それから何度もミスをしながら精一杯の想いを込めて、

携帯で自撮りしたメッセージ動画を送りました。

最後に

「会いたいと思って下さるのなら、必ず会いにゆきます」と・・・・・・・。

ちさとさんは涙を流しながら、

何度もうなずきながら・・・・・じっと見て聴いてくれたそうです。

 

7月に入り、娘さんから

「医師から母の余命はもって1~2か月と言われました。

今、緩和ケア病院への転院の手続きをしています。

私は介護休暇を取ろうと思います」

 

 

このメッセージで私の心は決まりました。

718日、小松空港発→福岡空港行き、

彼女に会うためにチケットを取りました。

 

 

 

しかし、九州へ行きを伝えて間もない7月14日、

ちさとさんは静かに68歳の生涯を閉じて逝かれました。

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間に合いませんでした。

私が送った動画を何度も娘さんに見せてもらいながら、

到着を待っていてくれたそうです。

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我が家の茶の間には、平成2年に

丸田さんのご家族と一緒に玄関先で撮った写真が飾ってあります。

写真はいやおうなく毎日目に入ってきます。

いつからか・・・・・・

「もしいつか ちさとさんに万一の事があれば

もう九州とは縁が切れてしまうね・・・・・寂しいね」

時折、主人とそう話していました。

 

 

・・・・・・・けれど娘さんと何度もやり取りをするうちに、

心に大きな変化が起こりました。

「決して縁が切れる訳では無い。

ちさとさんは娘さんの中に・・・・・・・

そして私達の心の中に生きている。

私達はこれからも変わらず、

今まで通り娘さんと交流を深めていけばいいのだ」

 

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「死」は言葉では説明出来ない多くの事を学ばせてくれます。

今回私の心は、洗濯機でグルグル回されるが如く葛藤を繰り返しながら、

(二転三転しながら)

彼女が旅立って三か月が過ぎた今、

ようやく落ち着いて振り返る事が出来るようになりました。

 

二人の娘さんとは時間の経過を全く感じずに

泣き笑いしながら、沢山お話をする事が出来ました。

 

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「ゆかりさんの心は、ちゃんと母に届いとったとよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだ悲しみ深い中でも、私を気遣ってくれる

ご両親の優しさをそのまま受け継いだ二人です。

 

 

日々、容体が悪化してゆく中、お母さんの手を握り、

好きだった「早春賦」を耳元で歌ってあげたそうです。

 

「とにかくつらいけれど

幸せな時間を過ごしているなぁと感じています」

・・・・・・ある日、ラインで届いたメッセージ。

胸が締め付けられる程に切なく・・・・・、

同時に愛娘二人に看取ってもらえる彼女を、羨ましくも思いました。

 

 

今日生かされているコトに感謝しつつ、

彼女の命を受け継いでいる娘さんと

未来へ向かって新しい絆を繋いでゆこう・・・・・そう心に誓いました。

 

「ゆかりさんの事は妹ごたる思ってとるけんね」

・・・・・・・優しく懐かしい声が思い出されます。

 

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寂しいけれど、

「天命は人力の及ばざる所、いかんともする能わず」

※司馬遼太郎「坂の上の雲」より引用。

 

ちさとさんとは、いずれまた何処かでお会い出来るでしょう。

終らない日まで・・・・・前を向いて一生懸命に生きてみます。

 

 

長い文章になりましたが、

かつて九州、佐賀県に「丸伸堂」という有田焼のお店があり、

丸田和夫さん、ちさとさんという仲の良いご夫婦が

懸命に生きたという事を知って頂けましたら幸いです。

 

 

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