亡き父 叙勲を賜る
生前は郵便局に勤務していた父。
父が逝去してすぐに市内の郵便局を介して、金沢中央郵便局(日本郵政)から
「お父さんが叙勲の候補に上がっています」と、連絡がありました。
「選考があるので授与されるかどうか分かりませんが、
まずは申請する必要があります」との事。
葬儀の後でバタバタしている最中でしたが、姉と相談し
「万一もあるかもしれないし、、、とりあえず申請だけしよう」と
軽い気持ちで手続きしました。
その後、母の逝去も続き、叙勲の事などすっかり忘れていたある日、
郵便局から「林幸夫さん、叙勲の授与が決まりました!」と一報。
気付けば父が逝って3ヶ月目の月命日でした。(なんて奇遇!)
姉は父の代理ゆえ、TVで見るように賞状を広げて手渡されると思っていた様で、、、、
「あれ?」と思ったそうですが、、、
局長さんは「私などが触れるのも恐れ多い」と話され、
大そう恭しく梱包された品を手渡して下さったそうです。
速攻、姉から「凄いよー
」と携帯から飛び出してくるような声で

電話が掛かってきました。見に行ったら、、、
戴いた賞状の大きい事
(特注の額じゃ無いと入らないそうです)

賞状の冒頭「日本国天皇は、、」って書いてある

そしてメダルの美しい事

母の訃報を知った知人から、大きなアレンジメントフラワーが
2つも届いたタイミングだったそうです。これもジジマジック?
授与の理由は詳しくは分かりませんが、、、
父は生前に機械の改良案が採用され郵政大臣表彰を授与。
また器用さを生かし、古くからの郵便ポストのミニチュア版を作り逓信博物館?へ寄贈。
そんな事も加味されているのかもしれません。
両親が生きていたら、、、きっと父は
「大した事ないちゃ、ハッハッハッ」と謙遜して笑い、
母は「ジジってすごぉーい
」と大はしゃぎしたでしょう。

見えるようです。(笑)
最も功績の半分は母の尽力でしょうからね。良い記念になりました。
時間の経過と共に姉も私も、
寂しさよりも楽しい思い出話をする時間が増えてきました。
本当におしどり夫婦で、明るく楽しい夫婦でした。
「お父さん、お母さん、おめでとう
」

遺骨に手を合わせ、オリンピックやり投げで金メダル取った北口遥さんが、
メダリストだけが許される鐘を連打した様に、
おりんを思いっきり連打で鳴らしてきた私でした。(笑)
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